無題ドキュメント
阿部 裕二

監督

阿部 裕二

Yuji Abe

生年月日
1971年5月16日
年齢
46歳
出身地
宮城県
身長/体重
167cm/68kg
経歴
石巻工業高 - ヤマハ - ソニー仙台

女川町との出会い

地元石巻出身で、高校卒業後にヤマハ(現ジュビロ磐田)で4年間プレーし、その後はJFLのソニー仙台で29歳まで現役を続けました。

引退後は一旦就職をしましたが、コバルトーレの近江GMから声をかけてもらい、コバルトーレのクラブ作りに構想段階から関わることになりました。最初「女川スポーツコミュニティー構想」を聞いた時は魅力的だと思いつつも、本当に実現できるのかという気持ちがありました。しかし、地元にJリーグを誕生させる話は育ててもらった地元に恩返しができる機会だと考え、引き受けることになりました。

チーム発足当初は、町の人から「何しに来たんだ」というような空気を感じていました。実際ほとんどの人は「女川町からJリーグ、、??」という見方だったと思います。

ただ、町の清掃など地域貢献の活動を続けるうちに、徐々に応援してくれる人が増え、震災後の復帰戦となった開幕戦には500人もの観客が来てくれました。本当に何かが変わってきたというのが実感できた瞬間でした。

とにかく、グランドがある環境、応援に来てくれる人がいること、外から練習試合に誘ってくれる声があること、それらすべてに感謝の気持ちあるのみです。

震災の時

震災後トップチームの活動休止が決まった時、せめて子どもたちにはサッカーをできる環境を作らなければいけない、という使命感がありました。

震災直後の4月には芝生の斜面や公園で子どものサッカー活動を再開したのですが、そんな時期にサッカーをすることに関して、町の方々から不謹慎というような声はなく、子どもたちにはとても喜んでもらうことができました。

5月には、様々な方に支援をいただいたお陰で、石巻のグランドで子どもの活動を再開することができました。そして、震災1年後の2012年4月にはトップチームもリーグ戦に復帰できました。

とにかく、グランドがある環境、応援に来てくれる人がいること、外から練習試合に誘ってくれる声があること、それらすべてに感謝の気持ちあるのみだった。

コバルトーレの将来を見据えて

女川町には、サッカーの他にもバスケット、野球など色々なスポーツがあり、総合的なスポーツの町として発展していくのが理想だと考えています。コバルトーレもサッカーに限らず、スポーツの町としての女川に関わっていけば、町もチームももっとよくなっていけるのではないかと思います。

その中で、サッカーに関しては下部組織からビジョンを一貫して育成を行っています。最近ではユースからトップチームに上がる選手が出始めていて、女川出身の選手もユースで育っています。将来的には、ユース上がりの選手が多くトップチームで活躍することを夢見ており、FCみやぎにも負けない魅力あるチームを作っていきたいと思っています。

トップチームはJリーグを目指す、この軸は変わりません。ただ、目指すだけでは誰でも言えることなので、必ず結果を出さなければいけないと肝に銘じています。

目指すサッカースタイル

就任した時からコバルトーレのサッカービジョンというものを描いています。理想とするサッカーの原型はバルセロナで、ただ蹴って走るようなサッカーではなく、ショートパスを繋げる連動的なサッカーをイメージしています。

最近は徐々にそういうものができるようになっていると感じており、コバルトーレのサッカーはこういうサッカー、というものをもっと定着させていきたいと考えます。

女川町のスポーツコミュニティー構想のビジョンには、やはり強く魅力的なトップチームの存在が欠かせないと思います。子供たちが憧れて、見に来るお客さんがまた来てみたいと思う、そういうサッカーをこれからも目指していきたいです。

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